特集
日本流のソフトウェア、そして科学と技術をつなぐためのVCAD
プログラムディレクター 牧野内昭武

掲載日:2006.7.31
VCADとはボリュームCADのこと
V-CADにX線CTでとったデータを取り込み再現された博士の大腿骨

VCADにX線CTでとったデータを
取り込み再現された博士の大腿骨

今まで互換性を持たなかったCADやシミュレーション、CAM、CATを一つに統合することを可能にし、さらに工業製品などの人工物のみならず人体などの自然物さえも同じデータ形式で扱うことが出来るソフトウェアのことです。現在広く使われているサーフェースCADやソリッドCADなどは「設計のツール」というよりも「形を描くためのツール」といった方が良いでしょう。設計というのなら、描かれたものが飛行機であれば、それがちゃんと飛ぶかどうか、 実際にそれを作れるかどうかなどを検討できるものであってほしい。だから今までは、その判断をシミュレーションとかCAT(計算機に支援された計測)など別のソフトウェアと組み合わせて行ってきたわけです。しかし、これらのソフトウェア間をデータが渡らないことが頻繁に起こり、それを克服するために膨大な手間と時間を必要としてきました。VCADを基盤とするシステムになれば、これらの互換性をもたなかったソフトウェアをすべてつなげることが出来るわけです。
それにVCADは内部の構造や不均一な物理属性までも表現できるんです。わかりやすい話だと、そう、人体。たとえば患者さん一人一人に合った人工股関節を設計することを考えましょう。そうすると、患者さんの骨データを基に、それに適合するインプラントを描きたい。さらにはインプラントの装着後、骨に無理な力がかからないか、使っているうちに生体の適応や再生によってインプラントの周りの骨の構造が変化しないかなども知りたい。VCADシステムではそういったこともできるようになると考えています。ただ、現段階では技術的な問題だけでなく法律的な問題もあって実現するまでにはまだ時間がかかりそうですが。
牧野内博士が思うVCADへの夢と期待
 それは日本流のソフトウェアとして確立させること。そしてもう一つが科学と技術をつなぐ架け橋となることです。日本のものつくりは現場が非常に強くて、大部屋方式、すりあわせ方式などと言って現場優先で設計・製造が行われる。これが欧米ではトップダウンといいますか、設計者が圧倒的に強い立場にいる。今のソフトウェアは多くが欧米生まれ、つまり欧米のやり方をサポートするために生れたソフトウェアなわけで、我々はこれを使わざるを得ない状態になっています。だから日本の現場・現物重視のやり方に合った日本流のソフトウェアが必要だと思うのです。VCADはそこを変える日本ならではのソフトウェアになると信じています。
もう一つは科学と技術の架け橋。 理研では生物学の研究が盛んです。例えば細胞の研究をしている多くのグループがあります。しかし、細胞はあまりにも複雑なため、個々の研究グループは、核とか、細胞膜とか、ミトコンドリアとか細胞を構成する個別の要素を掘り下げて研究するのに手一杯で、それらが統合された細胞を丸ごと理解しようという試みはこれまでありませんでした。私達は VCAD システムを用いてそこに挑もうと考えています。今、多くの細胞の研究者と組んで、計算機の中に細胞を作り上げると言う仕事を始めたところです。「生きた細胞のモデリング」を行い、生物研究基盤ツールとしてそのモデルを公開し、世界中の研究者に使ってもらおうというのが、私達の描いている夢です。
VCAD システムは、人間の知的な活動とたいへん相性が良いシステムです。人は何か新しい現象を「見つけた」ら、その本質を「理解したい」と考えます。理解ができれば先に何が起こるかを「予測したい」と考える。さらには、その現象を「制御する」ことを欲する。この「見つける」「理解する」「予測する」「制御する」と言う一連の流れは VCAD システムで言えば「測定」「モデル化、定式化」「シミュレーション」「最適化、システム化」の流れとたいへん近い。さらに言えば、見つけると理解するは科学、予測すると制御するは技術の色合いが強い。 VCAD システムに、科学と技術をつなげる道具としての役割を期待するのはこういったことなのです。
生きた細胞のモデルも、将来は創薬などの技術開発に使うための道具になると大いに期待しています。

VCAD誕生までの道のり
 

どこから話していいのかわかりませんが、私は70年代の後半から材料の変形などを扱う力学理論の研究を始め、80年代にはその理論を用いて材料の変形や破壊の過程を計算機の中でどう解くかということを研究しだしました。その後、金属板材のプレス過程のシミュレーションを中心に金属の成形に注目していきます。90年代に入るとともに海外から実際に企業で使えるようなソフトウェアを作り出す非常に強力なグループが出てきたんです。このままでは日本の研究が置いて行かれてしまうと危惧して、多くの企業に呼びかけて板成形シミュレーション研究会という組織を作りました。そこで開発したのがITAS3D(板成形3D)というソフトウェアなんです。 このソフトウェアは、その後理研ベンチャー企業「(株)先端力学シミュレーション研究所」で商品ソフトウェアに作り直されて、現在は多くの製造業で使われています。
VCADシステムの研究はこれら過去の長い経験の上に新しく出発しました。経験を通じて強く感じたのは現在流通しているものつくりのソフトウェアの使い勝手の悪いことでした。ソフトからソフトへデータが渡らない。さまざまな検討をしてみて、行き着いた結論は、「これまでとは違う発想で新しいものつくりのシステムをつくってしまえ」ということでした。それがVCADシステムです。
新しい道を切り開き、そして歩くこと。それはもちろん大変ですが、新しいことに挑戦できるのは、私たち研究者にとって大変幸せなことなのです。

系譜

1978年頃から非線形連続体力学理論の研究を始める。
1983年頃からそれを基にしたソフトウェアの開発研究。
1989年、米国、フランス、ドイツなどに強力なプレス成形シュミレーションソフトウェアの研究グループが発足しだす。
1990年、牧野内氏が会長、副会長に仲町英冶氏(大阪大学)を迎えて「板成形シミュレーション研究会」を設立。大手の鉄鋼や自動車、コンピュータ関連などの企業31社と大学5大学が参加。3次元弾塑性有限要素法ソフトウェアITAS3Dを開発。
1996年、上記研究会終了。
1998年、理研にベンチャー企業支援制度が発足。
1999年、製造業での普及を目指し牧野内氏が(株)先端力学シミュレーション研究所「ASTOM R&D Co.Ltd」を設立。
2001年〜理研においてVCADシステム研究を開始

牧野内昭武プロフィール

1940年生まれ。
1969 年、東京大学大学院工学系研究科博士課程修了 工学博士
同年、理化学研究所に入所。以降、研究員、後に主任研究員として塑性加工や連続体力学、板材プレス成形シミュレーション、地殻 CAD システム、生体力学シミュレーション、 VCAD システムなどの研究を行う。 この間、米国スタンフォード大学客員研究員、仏国グルノーブル大学、パリ大学、埼玉大学、北海道大学などの客員教授を勤める。
日本塑性加工学会会田技術賞、科学技術長官賞、 Japan Venture Award2004 企業家部門特別賞、文部科学大臣賞、型技術協会功績賞、紫綬褒章などを受賞。

VCADの特徴

1.複雑な形や内部構造、不均一な物性を持つ物体をセルを単位として表現できる。
2.セルの大きさ(レベル)を階層化することによりマルチスケールモデルの表現が可能。
3.セルを離散化のための要素あるいは格子として用いることにより、構造解析、流体解析、構造と流体の連成解析などが同一モデルで実行できる。
4.規則的に空間に配置されたセルを基準としているので、領域分割による並列化を行いやすい